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横浜地方裁判所 平成元年(ワ)605号 判決 1991年1月28日

原告

澤木いづみ

右訴訟代理人弁護士

森美樹

森有子

被告

財団法人横浜市福祉文化事業団

右代表者理事

武田篤夫

右訴訟代理人弁護士

綿引幹男

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一五八六万八三一〇円及びこれに対する平成元年三月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求の原因

1  被告とのプール利用契約の締結及び本件事故の経緯

(一) 被告は横浜市民に福祉、文化、レクリエーション等の施設を提供し、その一環として遊泳施設北部プール(以下「本件プール」という。)を管理運営しているところ、原告は、昭和六三年二月二〇日午後、被告との間で本件プールの利用契約を結んで本件プールに入場し、午後四時頃から泳ぎ始めた。本件プールには六コースが設けられていたが、当日は第六コースだけがコースロープで仕切られ、同コースは遊泳方法が指定されていたが、その余の範囲はコースロープの区切りはなく自由に遊泳することができた(以下「自由遊泳区域」という。)。

(二) 原告は、午後四時三〇分頃自由遊泳区域を第六コースとの間に張られたコースロープに沿ってクロール泳法で泳ぎ、本件プールの三分の二ぐらいまで進んだ時、反対方向から泳いできたと思われる男性(以下「加害者」という。)がいきなり原告にぶつかり、そのため原告は頭部を強打して脳震とうを起こし、一瞬目の前が暗くなり、かろうじてコースロープに倒れ込むようにして掴まった。しかし右加害者はそのとき「失礼」と声をかけただけで泳ぎ去った。

(三) 本件プールの監視員は、原告の様子がおかしいことに気がついた他の遊泳者の通報によって駆けつけたが、自ら救助しようとせず、他の遊泳者に依頼して原告を本件プールサイドに引き上げさせた。

原告は、監視員に勧められて場内のベンチでしばらく休憩し、その後女性職員に付き添われて更衣室に向かった。

本件プールの出口で原告を待っていた原告の母親は、顔を紅潮させ両手をだらりを下げて前かがみで出てきた原告が余り痛がるので、右女性職員に救急車の手配を依頼し、午後五時一〇分頃到着した救急車で原告を長津田厚生総合病院に搬送して貰った。

2  被告の責任原因

(一) 被告は、入場料金を徴収して本件プールを利用させているのであるから、被告と入場者との間にはプール利用契約が存在し、右契約に基づき入場者にプールを利用させるだけでなく、入場者の生命、身体の安全を保持すべき義務を負い、右安全保持義務を全うするため、遊泳方法の規制、監視体制の強化さらに入場制限等の措置により危険な遊泳方法を現出させることなく事故発生を未然に防止すべき義務がある。また、万一事故が発生した時は事故状況を正確に把握し、直ちに適切な救護措置を講ずべき義務がある。

(二) 被告の安全保持義務の不履行の具体的内容は以下のとおりである。

(1) 遊泳方法の規制

プールにおいては、遊泳中の正面衝突や接触事故を回避するためコース内における遊泳方法として右側通行の規制を行うことが一般化している。したがって、監視を特に厳しくする等安全性の担保のない限り軽々に右規制を解放すべきではない。

ところが、被告は、本件プールでコースロープを撤去する必要はなかったにもかかわらず、安易に第六コースを除き第一コースから第五コースまでのコースロープを撤去し、これらの水面を自由遊泳とした。

(2) 監視体制

神奈川県水浴場に関する条例には、「水浴場、プール及び更衣、休憩所は、常に公衆の衛生、危険防止、秩序維持を旨とし、かつ全体の風紀及び美観を損なうことのないよう管理され、運営されなければならない」(第三条)旨及び「プールの設置者は、プールにおける危険防止及び救助に当たらせるため、監視人を置かなければならない」(第九条の二)旨の定めがあり、被告は、その作成にかかる「プール勤務職員の手びき」の中で「水面監視員の心得」として、(イ)監視員は交替の際、後任者が来るまで監視台を離れないこと、(ロ)監視は必ず監視台を使用すること、(ハ)絶えず泳者に注意し、異常の早期発見に努めることなどの注意事項を定めている。

したがって、水面監視員は、被告の履行補助者として右注意事項を遵守し、開場時間中プールで事故が起こらないよう常時プールサイドから監視する義務がある。

ところが、本件事故発生当時、水面監視員は交替のため監視台を離れ現場にいなかった。仮に監視していたとしても、本件事故の発生を見落とし、遊泳者からの通報によってこれを初めて知ったのであるから、監視義務を尽くしていたとはいえない。

また本件事故当時、被告は、本件プールのうち第一コースから第五コースまでを自由遊泳区域としていたのであるから、場内の監視体制を通常以上に強化すべきであった。ところが、被告はこの点での配慮を怠ったため本件事故の発生を未然に防止することができなかったばかりか、本件事故の態様を把握できずそのため加害者に対する原告の損害賠償請求を不可能ならしめた。

(3) 入場者の制限

プール管理者はその安全保持義務を全うするため適正な人数に入場制限をし、危険な状態が生じるのを未然に防止すべき義務がある。

ところが、被告は、本件事故当時は土曜日の午後であり入場者はかなりの人数に達していたにもかかわらず、入場制限の措置を採らなかった。

(4) 救護体制

被告は、プールで万一事故が起こった場合は、適切かつ迅速な救助措置を講ずべき義務がある。

ところが本件では、監視員が入場者からの通報で本件事故を知った後も事故を過小評価し、原告を場内で休憩させるだけで救急車の手配を進んでするでもなく適切かつ迅速な救護措置を採らなかった。

また前記「プール勤務職員の手びき」によれば、「事故発生の場合は緊急措置を行うとともに救護担当職員に通報し、その指示を受ける」ものとされているが、本件プールには右救護担当職員は配置されていなかった。

3  原告が受けた傷害及び治療状況

原告は、本件事故により外傷性頸部症候群の疾病を生じ、その症状として両上肢のしびれと疼痛、さらに両上肢の異常感覚が生じた。そこで原告は右治療のため昭和六三年二月二〇日に長津田厚生総合病院に赴き、その後昭和大学藤が丘病院に同年同月二一日から同年同月二九日まで入院し、同年三月一日から平成元年二月九日まで通院した(但し、通院実日数は一二日)。

しかし、右疾病による両上肢のしびれと疼痛の症状は、右治療によっても改善されず、これ以上軽快する見込みがないので、平成元年二月九日をもって一応症状固定したものというべきである。

4  原告が本件事故により受けた損害

原告は本件事故により以下の損害を受けた。

(一) 入通院治療費 二一万七七九〇円

(二) 入通院諸経費 三万一二三四円

(三) 慰謝料 一一一〇万円

(1) 入通院による慰謝料

前記のような傷害の内容及び長期の入通院を要したことを斟酌すると、同期間中の精神的苦痛に対する慰謝料は一一〇万円が相当である。

(2) 後遺障害に対する慰謝料

前記のような後遺障害の内容、程度に鑑みると、これによる精神的苦痛に対する慰謝料は一〇〇〇万円を下らない。

(四) 後遺障害に伴う逸失利益三五四万〇七一六円

原告は、昭和四五年七月一日生れであり、本件事故当時高校生であったところ、前記後遺障害により労働能力の一四パーセントを喪失した。そして原告は前記症状が固定した日からなお六七才まで四九年間就労することができ、その間毎月少なくとも一八才の女子の平均賃金一一万六〇〇〇円を下らない収入を得ることができる筈である。したがって、原告は本件障害により毎年その一四パーセントに当る一九万二四八〇円の得べかりし利益を失ったから、その間の中間利息をライプニッツ方式によって控除してその現価を算出すると、三五四万〇七一六円となる。

(五) 弁護士報酬 一〇〇万円

原告は示談による解決を申し入れたが、被告がこれを拒否したため止むを得ず原告代理人ら弁護士に本訴の追行を委任し、本訴提起の手数料として五〇万円を支払い、報酬として少くとも五〇万円を支払うことを約した。

5  原告は、国民健康保険療養費から二万一四三〇円の支給を受けた。

6  よって、原告は、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償請求として残金一五八六万八三一〇円及び右損害に対する本件訴状が被告に送達された翌日である平成元年三月二四日から右支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1(一)  請求原因1(一)の事実中、原告が午後四時頃から泳ぎ始めたことは知らないが、その余の事実は認める。

(二)  同1(二)の事実中原告主張のような事故が発生したことは否認し、その余の事実は知らない。

(三)  同1(三)の事実中、監視員が遊泳者の一人からコースロープにつかまっている原告の様子がおかしいとの通報を受け、他の遊泳者の協力を得てプールサイドに原告を収容し、プールサイドのベンチでしばらく休憩させたこと、原告が女性職員に付き添われて更衣室に向かったこと、原告が午後五時一〇分頃救急車に収容され長津田厚生総合病院に搬送されことは認めるが、その余の事実は否認する。

2(一)  同2(一)中、被告が入場料を徴収して本件プールを入場者に利用させており、被告と利用者との間に本件プールの利用契約が成立し、被告は利用者に対し、本件プールの利用において事故発生の危険が予想される場合にはこれを未然に防止するとともに、事故が発生したときは直ちに適切な救護措置を採るべき義務があることは認めるが、その余は否認する。

(二)  同2(二)(1)の事実中、遊泳方法としてプールのコース内では右側通行が一般化された原則であること、本件プールの第一コースから第五コースまではコースロープで仕切らず自由遊泳区域としていたことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同2(二)(2)の事実中、原告主張のような条例の規定及びプール勤務職員の手びきの注意事項の定めがあることは認めるが、その余は否認する。被告には加害者を特定すべき義務はない。なお、本件事故は、仮に水面監視員が監視していたとしても避けることはできなかったから、たとえ監視体制に不備な点があったとしても本件事故の発生との間には因果関係がない。

(四)  同2(二)(3)の事実は否認する。本件事故当時の本件プールの入場者は一〇〇名以下であったと推測されるから、被告において入場者を制限すべき義務はなかった。

(五)  同2(二)(4)中、事故が起った場合には被告において直ちに適切な救護措置を講ずべき義務があること、及び前記手びきに原告主張のような記載があることは認めるが、その余は否認する。なお、仮に被告に救護義務の不履行があったとしても本件事故の発生とは因果関係がない。

3  同3の事実は否認する。

4  同4の事実は否認する。

5  被告の反論

本件事故は原告の不注意によって発生したものである。

すなわち、

(一) 本件プールは、いわゆるスイミングプールとは違い、広く一般市民が水泳を楽しむための施設として管理運営されているものであり、プールにコースロープを張らないで広い水面として利用させるのを原則としている。第六コースは水泳熟練者のためのコースとして特に設定したものであり、第一コースから第五コースまでの水面は水泳の未熟者やその他の一般遊泳者が一寸泳いだり、水遊びを楽しむ水面である。この自由遊泳水面は、右側通行により整然と泳ぐ第六コースと異なり、多数のものが思い思いに水泳や水遊びを楽しむ水面であるから利用者同士の身体が接触することも往々にして生ずる。

(二) 本件プールの利用者はこのような利用区分にしたがって本件プールを利用しなければならないのであって自由遊泳水面では他の遊泳者との接触の危険に自主的に注意しなければならない。

(三) 本件事故は、原告が本件プールの自由遊泳水面を泳いでいる最中に反対方向から泳いできた他の利用者と衝突した結果発生したものである。この当時、飛び込み、急浮上、背泳の急発進、水中での悪ふざけなど事故につながる危険な行動をとる遊泳者はいなかった。原告は、クロールなどの四泳法をマスターした水泳の熟練者であり、本件事故発生時にはクロールで泳いでいたのであるから、ある程度の範囲において前方を注意することが可能であった。

(四) したがって、本件事故は原告は反対方向に泳いできた右利用者のそれぞれの不注意により発生したものである。

三  抗弁

1  被告は、次のとおり監視義務を履行していた。

(一) 被告は、遊泳者の事故防止及び緊急時の救護措置のため本件プールの南北両側に各一台ずつ監視台を設け、水面監視員を常時二名ずつ配置し、三〇分交替で本件プールの水面の監視に当たらせていた。

(二) また被告は、本件プールの利用者への注意事項として、急浮上、背泳の急発進、プールへの飛び込み、水中での悪ふざけ、プールサイドを走ることなど事故発生につながる行為を禁じる旨の掲示を場内に掲げていた。

(三) 本件事故当時水面監視員はプールの水面を監視していたが、右のような事故発生につながる危険な行為をするものなどおらず、本件事故発生を予見しうる状況になかった。

2  被告は救護義務を履行した。

被告の水面監視員は遊泳者から通報を受けると直ちに原告の近くのプールサイドに赴き、遊泳者の協力も得て原告をプールサイドに上がらせ、ベンチで休息させた。この間原告は水面監視員の確認に対し「大丈夫」と答えていたが、一〇分位してから「肩が少し変だ。」と言い出したので、女性職員に更衣を手伝わせた。原告は着替が終ったころに手がしびれると言ったので、被告の所長は当日午後四時五五分頃救急車の手配をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中被告主張のような監視台が設けられていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  同2の事実中、水面監視員が遊泳者から通報を受けて原告の近くのプールサイドに赴き、遊泳者の協力も得て原告をプールサイドに上らせたことは認めるが、その余は争う。

第三  証拠<省略>

理由

一被告が原告主張のような施設を提供し、その一環として本件プールを管理運営しており、昭和六三年二月二〇日午後に原告と被告との間で本件プールの利用契約が成立し、本件プールはコースロープにより第六コースとその余の自由遊泳区域に区分されていたことは、いずれも当事者間に争いがなく、<証拠>を合せると、原告は、本件当日午後四時三〇分頃自由遊泳区域を第六コースとの間に張られたコースロープに沿って泳いでいたところ、対向して泳いできた男性と衝突し、頭部を打って脳震とうを起こしたことが認められる。

二原告と被告との間の本件プールの利用契約に随伴して、被告が入場者にプールを利用させるだけでなく入場者の生命及び身体の安全を保持する義務(以下「安全保持義務」という。)を負担することは、当事者間に争いがない。そこで、先ず原告が主張する各個の義務が右安全保持義務に含まれるかどうかについて検討する。

1  遊泳方法の規制について

本件事故当時本件プールはコースロープにより第六コースとその他の自由遊泳区域に区分されていたこと、及びコースが設けられているときはコース内では右側通行が一般的であることは当事者間に争いがない。

しかしながら、<証拠>を合せると、本件プールは縦二五メートル、横一三メートルの一般用プールで、本件プール場にはそのほかに幼児用プール及び児童用プールも備えられ、広く一般市民が水泳を楽しむための施設として管理運営されており、本件プールの第六コースは水泳熟練者のためのコースとして設けられたもので、ここでは右側通行の原則が励行されているが、第一コースから第五コースまでの自由遊泳の水面は、水泳の未熟者やその他一般の遊泳者が自由に水泳や水遊びを楽しむことを目的としており、この場合でもプールを横に泳いだり、急浮上、背泳の急発進、プールへの飛び込み、水中での悪ふざけ等の危険な泳ぎ方は禁止されていることが認められる。そうすると、本件プールは、水泳の指導、訓練を目的とするいわゆるスイミングプールとはその目的、用途が異なり、水泳の未熟者を含め広く市民が水泳を気楽に楽しむことを目的とするものであるから、このような本件プールの設置目的に照らすと、被告が第一コースから第五コースまでの間のコースロープを撤去し、これらを一体として自由遊泳水面としたことには合理的な理由があるということができる。したがって、本件当時被告には遊泳方法の規制として第一コースから第五コースまでのコースロープを設置しておくべき義務はなかったものといわなければならない。

2  監視体制について

本件プールは不特定多数の者が利用するものであるから、被告において、本件プールにおける危険防止及び救助に当たるためプールサイドに適宜水面監視人を置いて事故が起こらないように監視する義務があったということができる。しかしながら、監視義務の内容として、原告に対して加害者を特定する義務まで含むものと解することはできない。

3  入場者の制限について

プールの管理者はプールの規模に比べて入場者が極めて多数になりそのため事故発生の危険がある場合は、入場者を制限する義務があるということができる。しかし、<証拠>を合せると、本件事故当時は、既に閉館の約三〇分前であったので、本件プールの遊泳者は五〇ないし六〇人にすぎなかったと認められるから、前記のような本件プールの規模に照らすと、被告において入場者を制限すべき義務はなかったといわなければならない。

4  救護義務について

プールで事故が起った場合には、被告において適切かつ迅速な救護措置を講ずべき義務があることは、当事者間に争いがない。

三そこで、次に被告の抗弁について判断する。

1 監視義務の履行について

被告が本件プールの南北両側に各一台ずつ監視台を設けていたこと、及びその「プール勤務職員の手びき」において水面監視員の心得として、(1)監視員は交替の際、後任者が来るまで監視台を離れないこと、(2)監視は必ず監視台を使用すること、(3)絶えず泳者に注意し、異常の早期発見に努めることなどの注意事項を定めていたことは、当事者間に争いがなく、証人山口の証言によれば、原告の水面監視員の勤務は三〇分間ずつの交替制であり、本件事故当日は午後四時三〇分に水面監視員の山口圭吾と蜂須賀豊が各監視台で前任者と交替し、水面等の監視をしていたことが認められる。

ところで、<証拠>には、原告の母親が事故後被告の水面監視員に被災証明を求めたところ、同人は水面監視員は丁度交替の時間であったので本件プール場内にはいなかったと述べたとの部分がある。しかし、右尋問の結果によれば、右監視員の氏名も分らず、事故の状況についての話合もなされなかったというのであるから、右尋問の結果部分は<証拠>に照らしてにわかに採用できない。

なお、後記のように水面監視員は遊泳者の通報によって初めて本件事故の発生を知ったのであるが、加害者が他人に危害を加えるような泳ぎ方をしていたことを認めるに足りる証拠はないので、前記のような本件事故の態様に照らすと、右事実から直ちに水面監視員が監視を怠っていたとはいえない。

また前記のような本件プールの規模及び当時の入場者数に照らすと、自由遊泳水面を設けたからといって、被告において監視体制を右以上に強化すべき義務があったということはできない。

2 救護義務の履行について

<証拠>を合せると、本件事故直後原告は溺れかけてはおらずコースロープにつかまっていたこと、これを目撃した遊泳者の一人が水面監視員にコースロープにつかまっている原告の様子がおかしいと通報し、そこで同監視員が、他の遊泳者の協力を得て原告をプールサイドに上らせてベンチでしばらく休憩させたこと、その際水面監視員が「大丈夫か。」と尋ねると、原告は「大丈夫です。」と答え、歩行が困難な状態でもなかったこと、午後四時四五分頃に水面監視員が帰宅を勧めると原告は一寸手の具合が悪いと言ったので、被告の女性職員が原告に付き添い更衣室で着替えさせ、午後五時頃原告の母親が待っていた本件プール出入口まで原告を連れていったこと、ところが原告が痛みを訴えるので、右母親の依頼により被告が救急車の派遣を求め、午後五時一〇分頃原告は救急車に収容されて長津田厚生総合病院に搬送されたことが認められる(ただし、水面監視員が遊泳者の一人から原告の様子がおかしいとの通報を受け、他の遊泳者の協力を得て原告をプールサイド上らせ、ベンチで休憩させたこと、女性職員が更衣室まで原告に付き添ったこと、及び原告が救急車で右病院に搬送されたことは、いずれも当事者間に争いがない。)。

右事実によれば、被告は原告の状況に対応した適切な救護措置を採ったと認められ、したがって被告に救護義務の不履行があったとはいえない。

四以上のとおり原告の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官大喜多啓光)

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